桜の花をめでる花見
桜の花をめでる花見は、豊臣秀吉の吉野の花見(1594)や、醍醐の花見(1598)など、桃山時代から盛んでしたが、江戸時代には庶民生活に欠かせない行事になりました。花見の風習が広く庶民に広まっていったのは江戸時代からです。8代将軍徳川吉宗が江戸の各地に桜を植えさせ、花見を奨励してからだといわれています。江戸で著名な花見の名所には愛宕山などがあります。江戸の桜の名所は、初めは上野でしたが、吉宗が庶民の行楽のために、飛鳥山、品川の御殿山、隅田川堤、小金井堤などに桜を植えて花見の名所としました。 中でも王子の飛鳥山には、享保5、6年(1720、21)に、多くの桜の苗木を江戸城内から移植したので、苗木の成長と共に上野をしのぐ花見の名所となりました。当時の桜の品種は、山桜や江戸彼岸が主でしたが、現在の桜の大半は明治以後に全国に広まった染井吉野ですから、花の眺めにも移り変わりがあるようです。